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●よもだ通信  9月30日  片上 学(45年卒)

『散髪』

 行き着けであった老夫婦の営む理容店が2年前店主が急に亡くなって廃業してから贔屓にするところがなくなった。住んでいる真ん前に開業している別の店があるが、引越ししてきて元々10年くらいこちらに通っていたのにちょっとした順番待ちの行き違いでお互い気まずくなり、それ以来足も気持ちも向かわなくなった。依怙地というか、そうなるとお互いに思っているとこが感じるのであろう、スラリとした女店主は店近くの歩道などで20〜30M先にこちらの姿を見かけたようなときはすれ違わないように横道に避けるような素振りも示したりもする。客商売なので、すれ違ってシカトするというわけにもいかないであろうから、まあ自己防衛もあり当方への配慮もあるのであろう。恥さらしながら、まあ相性がよくなかったというしかあるまい。

  ところが一方、廃業した老夫婦がやっていた理容店は、主人が埼玉の農家の出身で、中学を卒えるとすぐに板橋の理容店に住み込みで弟子入り、たまの休みに重い自転車で熊谷近くまで家恋しさで一日がかりで往復した修業時代の話などもよくしてくれた。奥さんも埼玉の農家出身で、高島平団地が出来上がった時期に自分達の店を独立開店し、一時期は弟子を何人も抱えながら繁盛店でやってきた苦労人である。年齢を重ねてからは、二人だけの店に戻ったが、性格はそれぞれでそれがまた面白い。店主の趣味は社交ダンス、ゴルフ、絵画など、一方奥さんは旅行、それに園芸。店には季節季節の草花が置いてあり、「いやいいですね」などといったりすると、紫陽花などを一抱えも用意し、持って帰れといってくれたりした気持ちのよい夫婦であった。

  面白いことに夫婦揃ってこれが株式相場好き、こちらもはじめはまったく職業は明かさなかったが、何ら制約がなくなって自分も投資を始めた頃、実はこちらもいろいろと話題に加わるともう失敗談とうまくいったことが入り乱れるが、どうも奥さんのほうが相場観が良さそうで、それに反し店主のほうはイマイチ奥さんに比べるとパフォーマンスがよいとはいえぬ感じであったのは意外であった。それが奥さんがちょいと鼻が高く、一方店主がしゃくなのである。

  上京してからは理髪店を床屋という言い方に初めは戸惑った。しかし、床屋には床屋談義が付き物で、まあこのやり取り分が料金に含まれている。それぞれのお客に話を合わせ、不快にさせない話術はハサミの技術と同等あるいはそれ以上に重要なのであろう。

  ところで今は相性の合う店を探すのも面倒だし、そんなことで効率優先で、10分ほどでやってくれる住んでいる駅近くのチェーン店で済ませている。とにかく殆ど待たされることが少なく、おまけにとにかく安くて早い。かっては針金のように硬かった頭髪も、てっぺん周辺は申し訳程度、情けない状況なのでカットも簡単なのである。この間思い切ってバリカンを入れて貰った。これが存外いい感じなのである。そういえば、最近は坊主頭の注文が目立つそうである。高校友人に和尚スタイルの男がいて四国遍路に出かけると本当の和尚さんと間違えられて手を合わされるというが、これは格別、最近の坊主頭はファッションのようで、最近のサッカー選手の影響のようらしい。

  しかし、だいぶん床屋という言葉に慣れはしたが、やっぱり慣れ親しんだ散髪のほうが直截で、髪を散じるという気分が出ているように思う。「なに、散髪などするところなどあるんかね、先輩、坊主頭のほうが似合いまっせ」、と余計なことを言い出す御仁も何人か頭に浮かんでくるが、ご期待に応え、この際いっそのことさっぱりしてみるのも一興かもしれぬ。
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